うらら迷路帖のモチーフを考える

この記事は「うらら迷路帖 Advent Calendar 2016」22日目の投稿として書かれたものです。

 

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うらら迷路帖 公式ホームページ|TBSテレビ

 

さて、私がうらら迷路帖に出会ったのは12月の初めとかなり日が浅いのですが、その独特な世界観に魅了されて衝動的にAdventCalendarに参加することを決めました。何を書こうかしばらく悩みましたが、今回は私が「うらら迷路帖」を読んで感じたモチーフ、所謂「元ネタ」について考えていこうと思います。なお、この記事の内容は私の想像であり、はりかも先生の考えている設定とは相違がある可能性もあります。

 

『うらら迷路帖』において物語の鍵となるのは「占い」です。古くから「未来を知る」という行為は人間の大きな目標、あるいは憧れであり、それを成し遂げるため主な古代文明においてはみな、「占い」のような儀式が発達してきました。特に西洋においては占星術から、天文学という今日ではれっきとした自然科学の一分野を生み出すまでに至っています。『うらら迷路帖』が東洋風の世界を基礎としているのはアニメのキービジュアルからもわかりますが、東洋風の「占い」と言ってすぐ思い浮かぶのは、特に中国で言うところの「占卜」です。古代中国においては世界的にも珍しいほど巨大で複雑な「占い」の体系が形成されてきました。『うらら迷路帖』では、そのような中国の占いに基づいた世界観を特に重要な基礎としていることが伺えます。

さて、作中地の文で、「迷路町(物語の舞台となる町)」が次のように紹介されます。

ここは迷路帖 うららと呼ばれる占師の町 迷い人達の桃占郷

桃占郷、見慣れない言葉ですが、恐らく「桃源郷」の捩りでしょう。そもそも桃源郷とは古代中国の詩人「陶淵明」による『桃花源記』という作品から生まれた言葉であり、俗世を離れた理想郷を意味します。この概念は後に中国古来の信仰である「道教」と結びつき、「仙人の住む所」という解釈になっていきます。道教は中国における古来の信仰を寄せ集めた宗教であり、修行を積んで不老不死を会得した仙人となることをひとつの目標としていますが、そこには占いという要素も当然に含まれます(特にその概念はむしろ日本において発展を遂げ、五行思想は日本で「陰陽道」や「風水」を生み出しました。また歴史の過程で道教と多大な交流があった儒教では「易経」と呼ばれる占いの書物が「五経」と呼ばれる基本経典のひとつとして挙げられています)。ここから予想されるのは、作中で「うらら」と呼ばれる占師(見習い)の少女たちは道教で言うところの仙人がモデルになっているのではないかということです。仙人と言って私たちが思い浮かべるような、山に篭って修行を積み「神通力」と呼ばれる超能力を扱えるようになった人間離れした老齢の男性のイメージを「うらら」たちに重ねるのは少し違和感があるかもしれませんが、『うらら迷路帖』では地の文に次のような一節があります。

運命の行方 人生の岐路 日常の迷路で人は時に道を失う

そんな時 道を尋ねる案内人 占師は君に選択の矢を与えるだろう

時に薬 時に毒 道標となる不思議な力

それを操る条件は 十五を過ぎた少女であること――

時に女神 時に魔女 占い町の乙女達 人呼んでうらら

作中でもうららたちは迷路町を訪れる「客」に対して占いをすることが説明されますが、ここでの記述から、うららたちの仕事は迷路町に「迷い込んだ」人々に対してその道を照らす役割であることがわかります。それは神とは異なるかもしれませんが、何かしらの人間を超えた存在であることは予想できます。神と人間との間にいる存在という意味で「うらら」とは仙人のことであると考えるのは不自然なことではないでしょう。また古典において、仙人はしばしば山に迷い込んだ人間に手を差し伸べる存在として描かれます。その点でもうららと重なる部分があるでしょう。

先程「迷い込んだ」という言葉を使いましたが、「迷路町」とは文字通り迷路のように深部が入り組んでいる町です。迷路町は10の区画に分けられており、うららたちはその階級に応じて入ることのできる深さ(区画)が決まっています。しかし、ここで「なぜ迷路なのか」という疑問が生じます。「迷路」というのは作品のタイトルにも挙げられるほど重要な要素と考えられるからです。その鍵は先程の引用文にあります。ここで重要なのは、「迷う」のは私たち「一般の人間」であるということです。

少し話が変わりますが、作者であるはりかも先生はかつて同じ『まんがタイムきららミラク』で『夜森の国のソラニ』という作品を連載していました。その作品の舞台は「夜森」といい、現実世界で悩みを抱える人々が夢の中で(夢の延長として)訪れる世界です。そこを訪れた人々は、自分の悩みに光を見つけるまで夜森で暮らし続ける(眠り続ける)ことになります。この作品は残念ながら単行本が何冊か出たところで終わってしまいましたが、このような背景を踏まえると『うらら迷路帖』における「迷路町」はこの「夜森」と似た(あるいは並ぶところの)世界であると考えられます。つまり、「迷路町」とは悩みを抱えた人間が迷い込みうららに助けを求める場所であり、深い悩みを持つ人間ほど迷路(町)の奥へと入り込んでよりレベルの高いうららに相談することができるというシステムなのではないでしょうか。

 

※世界観の考察はここまで。この先少しネタバレがあります

 

 

 

 

 

さて、1巻の最後に意味深に登場した黒い生物は、3巻で千矢の使い魔である「くろう」だと判明しました。あまりに意味深な登場の仕方をしたため、最初は千矢の母親か、あるいはうららたちの神様かと思っていましたがどうやらそうではなかったようです。

千矢の母親について考えながら思ったのですが、最近の漫画やアニメ作品においては親の片方が詳細に描写されないということは珍しいことではありません。『うらら迷路帖』では千矢は迷路町にいる母親を探すため迷路町にやってきたということになっており、千矢の母親は物語のキーとなる存在であることがわかりますが、父親については一切の言及がありませんでした。

話をくろうに戻しましょう。千矢のモチーフは犬であることは想像がつきますが、くろうの姿もまた、真っ黒ではありますが耳の大きなイヌ科の動物のような頭をしています。そこでイヌ科の動物でくろうに似た姿をしたものを調べてみると、リカオン(Wikipedia)と呼ばれるアフリカに生息する種が比較的近いように思われます。

ギリシャ神話に詳しい方はもうお気付きでしょう。私も気がついた時は大きな衝撃を受けました。そう、この「くろう」と呼ばれる使い魔のモデルはリカオンであり、そしてまた、ひょっとすると千矢の父親である可能性のある存在と考えられるのです。

順に説明していきましょう。このリカオン(学名: Lycaon)という名前は「リュカーオーン」と呼ばれるギリシャ神話の人物から取られています。「リュカーオーン」というのはアルカディア、すなわち理想郷の王であり、その地に初めて都市を築いたとされる人物です(この辺りも先程の桃源郷の話と重なるところがあります。くろうは、あるいは迷路町の創造者なのかもしれません)。これはゼウスの怒りをかって狼の姿に変えられたというリュカーオーンの伝説から名づけられたものと思われますが、リュカーオーンを千矢の父親と考える理由もこのギリシャ神話にあります。リュカーオーンには子供が50人ありましたがその内の有名な1人が「カリストー」であり、これこそが千矢のモチーフと考えられます(ただし、カリストーはゼウスと交わったため、後に何者か(貞潔の女神アルテミスとされることが多いようです)の怒りを買って熊に変えられたという伝説もあり、千矢のモチーフが犬であることとを考えると少し違和感もあります)。カリストーは狩猟の女神アルテミスに仕え、身を飾ることに興味を示さず狩りに明け暮れていたとされており、千矢と重なる部分が見られます。また、彼女自身ではありませんが、彼女が仕えていたとされるアルテミスは古くはギリシャの土着的な信仰であり、山野の女神として野獣と深い関わりを持っていたとされ、千矢と似た境遇であることがわかります。さらにアルテミスは狩猟の女神として「遠矢射る神」と称されていて、千矢の名前と関連があるように思われます。

ただ、これだけでくろうを千矢の父親と結びつけるのは少し早計かもしれません。『うらら迷路帖』3巻ではさらに、彼女の母親が何者かに「裏切り者」として憎まれていたような描写もありましたが、「裏切り者」を貞潔の女神に仕えながらゼウス(ヘーラーを妃に持つ)と交わったカリストーと考えることも出来ます。いずれにせよ、ギリシャ神話に何かしらの影響を受けていることは間違いなさそうです。

 

 

 

 

 

※ネタバレここまで

 

いかがだったでしょうか。ここに書いたことは妄想とこじつけが大半ですが、はりかも先生はいろいろなことを調べながら複雑かつ壮大な物語の土台を築いているのかもしれません。ここに取り上げたものの他にも、モデルがありそうなものはいくつかありますが、今回はこのあたりにしておきたいと思います。1月からのアニメシリーズ、情報の公開がいささか遅く不安にはなりますが、PVがとても可愛く動いていたので非常に楽しみにしています。原作をまだ読んでいない方はこの機会にどうぞ、『うらら迷路帖』をよろしくお願いします。

長々と読みにくい長文を読んでくださりありがとうございました。

 

 

 

最後に

脚本の人そこまで考えてないと思うよ

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